防水の起源説のひとつに「ノアの方舟」という説があります。ノア時代の大洪水は、紀元前3000年頃起こったとされており、この方舟にアスファルト防水が施されたというものですが、防水の起源は、「竪穴式住居」にあったのではと考えられます。竪穴式住居は、地面を円形や方形に掘り窪め、その中に複数の柱を建て、梁や垂木をつなぎあわせて家の骨組みを作ったものですが、この住居に降る雨を防ぐために土や葦などの植物で屋根を葺いたことが防水の始まりだったのではないでしょうか。
 県内の防水工事の歴史を見ると、戦前では、昭和5年に「甲南高校」に、昭和12年に「南日本銀行本店」と「鹿児島市役所本館」にアスファルト防水が施された記録が残っています。戦後になると、「甲東中学校」や「松原小学校」などコンクリート建築物が次々と建てられるようになりました。防水工事も徐々に増え、ちょうどこの頃に創業した防水工事会社4社で県化学防水同業会を昭和32年に設立したものが、現在の鹿児島県防水工事業協同組合の前身となっています。